石仏・石塔

新潟県内の山・神社を対象とした信仰塔

苗場山

八海山

弥彦山

(伊夜日子など表記多数)

米山

新潟県内の山岳信仰塔で最も多く、約400基あるとされている。

飯豊山

福島県にて撮影。確かに飯豊山は新潟にまたがる山だが、新潟県内では見たことがない。(県北には存在するのかもしれないが、出羽三山塔・湯殿山塔の影響力が強すぎて飯豊山信仰は影を潜めているのではないか)

県外の山・神社を対象とした信仰塔

湯殿山

長岡市や魚沼など、中越圏では出羽三山塔よりも湯殿山単独を銘した石塔が多い印象がある。

出羽三山(羽黒山・湯殿山・月山)

下越、中越に広く分布している。

富士山

意外なことに、県内ではほとんど見かけない。

三笠山(右)

三笠山は奈良の御蓋山。左には八海山神と書かれた小さな石碑もある。

白山

石川県の白山比咩神社を祭神とした白山神社は新潟市中央区を始め、県下に広く分布している。

御嶽山

中央には「御嶽山座王大権現」、その右に「八海山大頭羅神王」とある。

左から大峯山、三峯山、九頭竜大権現

戸隠神社、古峯神社

神仏を題字に彫ったもの

「秋葉大神」

火除けの神として信仰される秋葉神社は長岡市栃尾の秋葉三尺坊大権現が根源とされている。長岡が聖地なのだ。 

「多聞天(毘沙門天)」

四天王のひとり。新潟には浦佐の普光寺など各地で毘沙門天を祀っており、広く信仰の痕跡が見られる。

「正妙大金剛(不動明王)」

「青面金剛(青面金剛明王)」

庚申信仰の主尊であり、見ざる言わざる聞かざるの三猿が一緒に描かれることや、庚申塔に彫られることもある。

「馬頭観世音」

馬頭観音は観音菩薩の変化身とのこと。

「牛頭天王」

神仏習合の神らしい。スサノオや薬師如来など色々関係していて所説あるらしい。

石仏

「不動明王」

右手に宝剣、左手に羂索を持つ。

「青面金剛像」

六つの腕に、法輪、弓と矢、三叉戟、剣などを持つ。病魔退散・庚申信仰の仏として各地にみられる。左腕中段は女人の代わりに棒?を持っている。

「聖観音」

左手に蓮を持ち、右手は来迎印、頭の上に小さな阿弥陀如来の化物があるから聖観音(しょうかんのん)と思われる。

「薬師如来」

左手に薬壺(やっこ)を持ち、右手は施無畏(せむい)印を結ぶ。米山塔でおなじみ米山塔は米山薬師の布教と稲作信仰が結び付いたと思われる。

「如意輪観音」

片肘をつき、左手には法輪や蓮花をもつ。

「地蔵尊(地蔵菩薩)」

路傍で合掌している「おじぞうさん」は最もポピュラーで身近な石仏。赤い前掛けをしていたり、時にヘルメットやお洒落な服装をしていたりと、信仰というよりマスコットのように親しまれている節もある。

月待塔

「廿日(二十日)待塔」

「二十三夜塔」

月待塔のなかで最も数が多いと思う。庚申塔と兼ねている場合も多く、県内に広く分布している。☽と○は月と太陽を表していて、まさに月待信仰という感じがする。

「二十六夜塔」

二十三夜塔に比して圧倒的に少なく、珍しい。二十六夜塔がある地域は必ずと言ってよいほど傍に二十三夜塔も建立されていた。

念仏供養塔・題目塔など

「盆念仏供養塔」

お盆の時期に先祖の霊を慰めるために念仏を唱える盆念仏を記念(祈念)して各地に作られた。一つの集落に複数造立されることも珍しくない。

「光明真言念仏供養塔」

長岡市内の寺院境内にて撮影。光明真言は真言密教の経で、三百万遍(左から2つ目)や五百万遍(左端)唱えたことを記念して建立された。

「三界萬霊塔」

三界とは仏教における三界(欲界・色界・無色界)のすべての霊を供養するために建てられた石塔。柏崎市にて撮影。

「徳本上人題目塔 南無阿弥陀仏」

徳本は江戸時代に各地を行脚した浄土宗の僧侶で、題目塔は独特の字体なので一発で分かる。柏崎市にて撮影。

「輪廻塔 南無阿弥陀仏」

回転させることができる石に、南無阿弥陀仏と書かれている。回すことで徳が積めるのだとか。善光寺にあるのが有名。柏崎市の住宅街で撮影。

「題目塔:南無妙法蓮華経」

法華経の題目塔。燕市にて撮影。

「妙法塔」

妙法というのは法華経でいう「真理」にあたる言葉なのだとか。

巡礼塔・納経供養塔

「四国八十八カ所巡礼供養塔」

長岡市内の寺院境内にて撮影。農村では旅にでることができない人のために、霊場を巡拝した人が砂や石を持ち帰ったり碑を建立したりして、功徳を分け合ったと考えられる。

「西国三十三カ所巡礼塔」

柏崎市内にて撮影。四国八十八カ所や秩父三十四か所と併せて彫られることも多い。

「越後三十三観音霊場納経塔」

長岡市内にて撮影。「当国三十三所」とあることから越後三十三観音霊場を指すと思われる。昔はお賽銭の代わりに経典を写経したものを納めていた。(納経)

「百番供養塔」

百番供養塔 は、秩父三十四カ所、坂東三十三カ所、西国三十三カ所の合計百観音霊場を巡礼したことを記念したもの。

「大乗妙典六十六部(国)供養塔」

長岡市内にて撮影。法華経66部を写経し、66の国の寺社に納経したことを記念して造立された。

「秩父・西国・四国・坂東巡礼供養塔」

四国・西国が最も多いが、坂東や秩父などの4霊場188カ所をまとめたものもある。

「百八十八所奉納巡拝供養塔」

先に挙げた四国、西国、坂東、秩父の4霊場をすべて巡礼した記念に造立されたもの。よほど信心深い人がいたのだろう。

開発と石仏考

 米山塔や石仏を探して県内各地を彷徨っていると、寺院の境内に整然と建立された石塔から、周辺の住宅開発で移動せざるを得なくなり、地域の神社境内に集約された石塔などが見られる。こうした石塔群は地域に根差した信仰をその地域に残し、後世に伝えている点で「生きた信仰」と言えるだろう。

 一方で下の画像は見附市熱田町のバス停裏の画像である。3名の墓碑・墓の他に菩薩・観音・青面金剛など30あまりの石仏がひとまとまりに野ざらしになっている。周辺の道路工事などで出てきた石仏を捨てるに捨てられず、とりあえずひとまとまりに置いたようだ。これを見て「仏の墓場」だなと思ってしまった。皆さんにはどう映るだろうか。

熱田バス停の裏、すぐ傍には川が流れており、土の土手が崩れれば大水の際には流失しそうだ。

工事をしていてこれらが出てきたら、信仰心がなくても捨てるに捨てられないよね…

南魚沼市荒山の十二神社境内にて駒ケ岳方面を望む。毎朝、朝日が昇るのを拝んでいたのではないか、天気がよく山の見える日にはお天道様に豊作を祈っていたのではないか、そんな生きた信仰が目に浮かぶ。